猫みくじ「今夜くらいは自分に言ってあげて、よく頑張っていると」
一番厳しいのは、いつだって自分自身だ
誰かに責められたわけじゃないのに、
心がずしりと重くなるときがある。
誰かに否定されたわけでもないのに、
自分のすべてを否定したくなる瞬間がある。
静かに、けれど確実に、
「こんなんじゃダメだ」と内側の声がささやいてくる。
他人には優しくできるのに、
自分にはいつも、冷たすぎる。
なぜ、そうなってしまうのだろうか。
なぜ、自分だけをこんなに責めてしまうのだろう。
誰かの言葉で、自分を救おうとしていないか
励ましの言葉を求める日がある。
「頑張ってるね」「あなたはすごいよ」と言ってほしい日がある。
優しい言葉をかけてくれる人もいる。
心に寄り添ってくれる人もいる。
でも、それだけでは届かないときがある。
いくら誰かが肯定してくれても、
自分がそれを受け取れなければ、何も変わらない。
他人の言葉ではなく、
自分の声で、自分を認めること。
それこそが、すべての出発点。
自分の生き方を否定し続ける日々に、終止符を
朝、起き上がるだけで精一杯の日もある。
やるべきことが手につかない日もある。
それでも、今日をどうにか生きた。
そうした一日を、
「なんにもできなかった」と片付けてしまう。
それが、私たちの常だ。
けれど本当は、
それでも生きたことに、価値がある。
どんな一日でも、自分なりに選び取り、通り抜けた時間がある。
自分の生き方を自分で否定してしまうことは、
その尊い時間を、無かったことにする行為だ。
どんな言葉よりも、自分の言葉が一番効く
外からの声には、限界がある。
外側から与えられる評価や理解は、いつか足りなくなる。
本当に必要なのは、
「よくやってるよ」と、自分に向けて言ってあげること。
他人には当たり前のようにかけている優しい言葉を、
自分にも、同じようにかけてあげること。
「今日もちゃんと立っててえらい」
「失敗しても投げ出さなかったのはすごい」
「落ち込んだのに、また歩き出した」
そんな言葉を、自分の声で自分に届ける。
そのたびに、心の奥が、少しだけ柔らかくなる。
自己否定は、優しさの裏返しでもある
人に優しくできる人ほど、自分に厳しい。
弱さや痛みを知っているからこそ、
他人にはできる限りの言葉を届けようとする。
でもその優しさが、
自分自身を削ることで成り立っていることもある。
「人のことばかり心配して、自分のことは後回し」
それが当たり前になっている人がいる。
でも、それでは長くは続かない。
優しさには、自分を守る力が必要だ。
その力は、自分自身を肯定することから生まれる。
自分をもっと愛してやれ
過去を悔やむ日もある。
未来を怖がる夜もある。
でも、どんなときも今ここにいる自分は、
一度もあなたを裏切っていない。
一度も、逃げていない。
誰よりもあなたのそばにいたのは、
ほかならぬ、あなた自身だ。
だから、もっと自分を愛してほしい。
「それでいい」「よくやってる」と、
何度でも伝えてあげてほしい。
他人に優しくしてきたぶんだけ、
あなたにも優しさが向けられていい。
あなたがあなたを認めてあげなければ、誰がする?
自分を認めるということは、甘えではない。
逃げでもない。
ただ、生きていくために必要な土台。
他人からの評価や称賛を待ち続けるのではなく、
まず、自分自身が一番の理解者になってあげる。
「こんな自分じゃダメだ」と思ったときこそ、
「それでも、ここまで来たじゃないか」と声をかけてあげる。
自分を抱きしめるように、
自分の足跡をたたえるように。
優しさは、他人のためだけにあるのではない。
あなた自身のためにも、使っていい。
だから、今夜くらいは自分に言ってあげてください。
「本当によく頑張ってるね」って。
それが、きっと心の支えになる。