猫みくじ「捨てるはずだったものに、今の自分が救われた」

手放さなくていい 捨てられないものが 今の私を作っている 猫みくじ

🧳断捨離するつもりだった。なのに、すべてが宝物だった。

「そろそろ、部屋の中を整理しよう」

そう思い立って、
クローゼットの奥にある箱や、
使わなくなった引き出しを開けたとき。

出てきたのは、手放す予定だった“いらないもの”ではなく、
忘れていた自分の時間と気持ちでした。


📦始まりは、“物を減らしたい”という軽い気持ちだった

最近、ミニマリズムや断捨離がブームになっていますよね。

「物を持たない方が身軽」
「スペースが空けば、心も整う」

そんな言葉に惹かれて、
久しぶりに片付けを始めた休日の午後。

軽い気持ちで始めたつもりが、
いつの間にか、**“過去と向き合う時間”**に変わっていました。


🖼ただの“もの”のはずが、記憶のトリガーになる

古びたチケットの半券。
色褪せたポストカード。
手帳のすみっこに挟まれていたメモ書き。

それぞれが、何気ないはずの“紙のかけら”。
でも、目にした瞬間にふっと蘇るんです。

「あのとき、こんな気持ちだったな」
「これを見せたら笑ってくれたな」
「この一言に、救われた日があったな」

断捨離をするはずだったのに、
そのたびに手が止まり、気づけば記憶の中を旅している。


🎒子どもみたいに集めていた“意味のあるガラクタたち”

キーホルダー、栞、修正ペン、ラッピングのリボン。
日常ではほとんど使わないもの。

けれど、なぜか捨てられない。
いや、“使わないけれど、持っていたいもの”だったと気づきました。

それらは、私にとっての**「言葉にならない記憶のしるし」。**

無意識のうちに、
自分を支えてくれた時間を、そっと残していたんだと思います。


🧭「もう必要ない」と思ったものほど、大事だったりする

“今の自分には不要だ”と判断すること。
それが断捨離の基本です。

でも、物の価値って「今使うかどうか」だけじゃない。

たとえば、誰かにもらった手紙。
とっくに連絡を取っていない相手かもしれない。
でも、その文章には一時期の“確かな絆”が宿っている。

今の私には必要なくても、
“忘れたくない自分の一部”として、残しておきたいものがある。

そんな想いが、断捨離を“保留”にさせる瞬間があります。


💡捨てることが「正しい」とは限らない

最近の整理術やミニマル思考では、
「使わないものは手放そう」「物を持たない方が賢い」という論調が多いです。

でも、本当にそうでしょうか?

“手元にある”というだけで、心が落ち着くもの。
使わないけど、見るだけでやさしくなれるもの。

そういうものって、
合理的な“必要・不要”では測れない価値があると思うのです。


🎈「残す」ことは、自分を肯定する行為

断捨離は、たしかに心を軽くしてくれる。
でも、なんでもかんでも手放すことが“正解”ではない。

自分の歴史、時間、感情。
それらを形として残している“物”には、
「大切にしていた証」が詰まっています。

それを「残したい」と思う感情は、
過去の自分を肯定し、抱きしめるような行為。

だから、「捨てられなかった」という選択にも、
意味があるし、価値があると思うのです。


📚捨てなかったからこそ、もう一度読めたメッセージ

一通の手紙が出てきました。
今はもう会っていない人からもらったものでした。

読み返すつもりはなかったけれど、
手に取ってしまった以上、どうしても目が止まってしまう。

そこには、
当時の自分を励まし、守ってくれた言葉が並んでいました。

あのときは当たり前に思っていた優しさ。
でも今読むと、まるで“未来の自分へのエール”のよう。

「残しておいてよかった」
心からそう思える瞬間でした。


🌙整理とは、思い出に触れ直すことかもしれない

たしかに、物が多いと生活の質は下がります。
でも、だからといって全部を捨てる必要もない。

「これはもういらない」ではなく、
「これは残しておきたい」と思えるものを選ぶ作業。

それが、ほんとうの整理整頓なのかもしれません。

今回、私は“捨てる”つもりで向き合ったはずの物たちに、
むしろ**「残したい気持ち」を再確認させられました。**


🪞まとめ:捨てられなかったものが、“今の私”を作っていた

  • 断捨離とは、ただ手放す作業ではない

  • 過去の自分と向き合う、静かな時間でもある

  • 捨てるか迷うものほど、思いが詰まっている

  • 「残す」ことで、自分の歴史を肯定できる

  • 手元にあるだけで、心が整うものがあっていい

  • 捨てなかったからこそ、もう一度読めた大切な言葉がある

整理整頓の中に、“心の整理”がある。
何を残すかは、自分が何を大切にしているかの写し鏡。

だからこそ、「捨てなかった」こともまた、
自分を知るひとつの方法なのだと思います。

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