猫みくじ「言いにくいことを 言ってくれる人は 信じてもいい人」
優しい言葉ばかりが、優しさじゃない
恋愛に限らず、誰かに相談したとき。
「それはひどいね」「わかるよ、つらかったよね」
そんなふうに寄り添ってくれる言葉を聞くと、確かに心が救われる。
でも、ときどき、それが“正しいかどうか”とは別の話だと気づく瞬間がある。
あのとき、男友達に話を聞いてもらったのは、ちょっとした愚痴のつもりだった。
彼とのケンカの原因も、ざっくり言えば「私は悪くない」と思っていた。
だけど、彼は一言、
静かにこう言った。
「うんうん、それはお前が悪いね」
「真摯に謝った方がいいよ」
それだけ。
でも、それがものすごくうれしかった。
「味方でいてほしい」気持ちと、「ちゃんと見てほしい」気持ち
誰かに相談するのは、たいてい心がぐちゃぐちゃなときだ。
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自分が正しいと思っている
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でも、どこかで「ちょっと悪かったかも」と思っている
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だけどそれを認めたくない
そんな矛盾した気持ちを抱えて、話を聞いてもらいたくなる。
だから、共感だけを返されると、
たしかに一時的には救われるけど、どこか“空虚なまま”終わってしまう。
本当に欲しかったのは、
「あなたが正しいよ」じゃなくて、
「ちゃんと見てくれてるかどうか」だったりする。
正論が刺さらないときもある。でも、その一言が自分を救うこともある
その男友達は、いつも冷静だった。
誰の肩も持たず、感情に流されず、ただ淡々と事実を見ていた。
そういう人に「それはお前が悪いね」と言われると、
一瞬で、自分の中の言い訳がすーっと引いていく。
「やっぱりそうか」
「うすうす気づいてたけど、やっぱりそうだったんだな」
そう思えたとき、不思議と腹は立たなかった。
むしろ、ありがたさのほうが大きかった。
本音で向き合ってくれる人は、信頼のかたまりだ
世の中には、優しさを装った「イエスマン」もいる。
どんな話にも「わかるよ」「それは相手が悪い」と返してくれる人たち。
でも、それってその場を無難にやり過ごしているだけかもしれない。
本当に自分のことを考えてくれる人は、
言いづらいことでも、ちゃんと伝えてくれる。
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嫌われるリスクを背負っても
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気まずい空気になる可能性があっても
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自分の言葉で、まっすぐに向き合ってくれる
それって、すごく勇気のいる優しさだ。
「それはお前が悪いね」には、信頼とフラットさが詰まっている
この一言には、ただのダメ出しじゃなくて、
「俺はちゃんと、お前のことを対等に見てるよ」というメッセージが隠れていた。
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ただの慰めじゃない
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味方ぶることもしない
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無理に否定もしない
そのままの事実を、受け止めて、返してくれる。
感情に左右されず、“まっすぐ”でいてくれる人の存在は、ものすごく貴重だ。
本当にありがたいのは、「都合のいい味方」じゃなくて、「誠実な他人」
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共感は確かに癒やしになる。でも、それだけじゃ心は晴れないこともある
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本当に信頼できるのは、言いにくいことを言ってくれる人
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「あなたが悪い」と言える関係性は、実はとても健全
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信頼とは、「自分に嘘をつかず、相手にも嘘をつかないこと」
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正直な一言が、自分を立て直すきっかけになることがある
相談して「それは相手が悪いよ」と言われるのは、
その瞬間は心地いい。
でも、「それはお前が悪いね」と言ってくれる人がいることは、
ずっと自分を強くしてくれる。
言いにくいことを言ってくれる人は、
信じてもいい人かもしれない。